F.H.――時間圧縮の世界から戻った俺はこの場所へと落ち着いた。
理由は単純で、この場所で会おうと、約束したからだ。確かなものではないし、それを約束と呼べるのかどうかも怪しいが、それでも良いと思える。
ただ、待とうと思った。
“迎えに行く”と言った、その人を―――。








〜約束〜





時間圧縮――その世界に呑み込まれながら望んだことは、この身の消滅だった。
スコールらに敗れ、友人であるリノアを魔女アデルへと押し付け…その後、行く当てもなく、全てが終われば処刑されるだろう身を隠す気にもならず、彷徨いながら辿り着いたのがF.H.だった。
意識はもう、ハッキリしていた。
罪の意識だけが残った。
結局、自分はなんだったのかと、振り返るたびに考えては、苛立ちに眠れぬ夜を過ごした。
F.H.の人々は、俺が、何をしたのかを知りながら、“仕切りなおせば良い”と休む場所を与えてくれた。
悪いことをしたと思うのならば、やり直せるから、と…。
既に、世界には魔女アルティミシアの存在が知らされ、そして、俺も、ママ先生もアルティミシアによって操られていただけで、その呪縛から開放された今はもう敵ではない、と言うことも。
時間圧縮…それが起こること、それによってアルティミシアと戦い世界を救おうとするSeeDがいること。
影響、対策――F.H.でそれを知り、俺は呑み込まれていく世界の一つとして、自分の身は消えるだろうと思っていた。
そうなることを、望んだ。
“操られていた”ということで、全てが終わっても処刑されずに済む身なのだと知ったところで、自分が存在することを望むものがいるとは思えなかったので。
仕切りなおす、やり直しがきく――それが真実だとしても俺にはもはや帰るところがない。
残ったものは、この身体だけ。
あの戦いで、ハイペリオンさえ失くしてしまった。
剣を失った俺に、何が出来る…?
全てを失くし、帰る場所さえ残らない世界で、いったい何をどうやってやり直すというのか。
夢も、希望さえも失った。
待つものは“与えられる死”、だ。


待ち望んだ時間圧縮が始まった。
視界が歪み、空間が割れ、不安定な場所に放り出される。
真っ先に、痛みが襲った。
悲鳴さえも出せないほどの激痛――永遠かと思えるほど長くそれは続いた。
あっさり消してくれる気はないらしい。
当然か、と諦め、もはやそれが痛みなのかさえも分からなくなった頃、不意に空気が震えたことに気づく。
もう、自分が誰なのかさえも曖昧で、近づいてくる何かに逃げる気も起きない。
パタパタと駆け寄る足音。
聞き覚えがある…奇妙な懐かしさを覚えた。





「ここは……」

見覚えのある街並み。
幾度となく訪れた、バラム。

「……サイファー?」

呼ばれて振り返る。
ゼルがいた……過去の。

「え、なんでそんなでかくなってるんだ?本物か?」

遠慮なく駆け寄ってくるのでしゃがんでやるとぺたぺたと手が確かめるように俺に触れた。
小さな手が額の傷に触れる。

「……痛い?」
「いや。…昔の傷だ」
「そっか……でもこんなとこで何してんだ?あ、もしかして迎えに来てくれたのか?」

約束したもんな、と嬉しそうに笑うゼルに首を振る。

「いや、違う。…それは俺の役目じゃないからな」
「………?」

まだ、ゼルは覚えている。
過去の俺がバラムを訪れる前なのだろう。

「毎日、楽しいか」

抱き上げたゼルを肩に乗せた。
高くなった視界にはしゃぐのが分かってつられて笑う。

「うん。父さんも母さんも優しいし、すごく楽しい!みんなと会えないのは、さみしいけど……」
「そうか。なら……忘れていい」
「え?」
「忘れろ。全部…忘れていいぜ」

孤児院のことも、俺のことも。

「サイファー、なんでそんなこと言うんだよ。オレのこと嫌いになったのか?」

「そうじゃ、ねぇよ」

安心させるように背をたたく。

「人の記憶ってのは気まぐれでな。今忘れてもある日突然思い出したりする。…あいつが笑ってんなら、いいじゃねぇか、それでって…思うようになる。お前も…“俺”ももうすぐ、忘れちまうんだからな。お互い様だ」

ぎゅ、と不安げに頭に掴まる手の小ささに、無力だったあの頃の自分を思い出した。
迎えに行く、と…ゼルが引き取られたときに、約束した。
大きくなったら、必ず。
だからそれまで待っていろ、と…その手を離した。
バラム・ガーデンに引き取られてすぐに会いに行ったけれど、ゼルはすっかり俺のことを忘れていて。
それが悔しくもあり情けなくもあり…ショックを受けて。
けれど結局、俺も忘れたのだ。
なぜ忘れられるのか、とゼルのことを責めながら。
スベテを、忘れた。
ゼルを、迎えに行ったことさえ。
その、約束さえ。

「……約束、か。そうだな、忘れなければ良かった」

ずいぶんと遠回りをしてしまった。
けれど。
今更気づいても、もう遅い。

「俺、忘れたくない…」
「それでもお前は、忘れる。……思い出すのはずっと後だ」
「……ずっと、あと…」

黙ってしまったゼルの意識を変えようと、周囲を見回す。
懐かしい建物が目に入って、目を細めた。

「ゼル、俺は…あそこにいる」

出来たばかりのバラム・ガーデン。
指差すとゼルは真剣にその建物を見つめた。
あの建物には、ゼルを迎えに行こうとしている…過去の俺がいる。

「追って来い。全部忘れてもいい。ただ……」

ただ、出来るなら。

「また俺を好きになれ」

スベテを忘れてしまっても、もう一度。

「……お前は、強くなるぜ」

笑いかけて、肩からゼルを下ろした。
そのまま背を向けて歩き出す。
ゼルは、追ってこない。
分かっているのだ、俺が、どこから来たのか。
確信はしていなくとも、ちゃんと、感じている。

「サイファー!」

呼び止められ、振り返る。

「また、会えるのか?」

逆光が眩しくて、ゼルの表情が見えない。

「…あぁ」
「全部、忘れても?」
「あぁ」
「また、オレのこと好きになってくれる?」
「……あぁ」

全部、忘れてしまっても。
何もかも、消えていっても。
きっと。
気づかないふりをしていた、ずっと。
でも、気になって仕方なかった。

「あと、ひとつだけ…サイファーは……」

言葉を捜して、ゼルが一瞬口ごもる。

「サイファーは今…幸せ、なのか?」

未来の“ゼル”のことではなく、自分のことを問われ、言葉につまる。
幸せになる資格なんてあるはずがない。
答えられずにいれば、ゼルは頷いたようだった。

「オレ、強くなる。それで、会いに行く。サイファーが幸せになれるように。だから……待ってて」

そんなことはしなくていいんだと言いかけて、別の言葉を口にする。

「…ありがとう、な」

その気持ちだけで十分だった。
幸せだと、今度は言える。

「餞別だ、受け取れ」

首にかけた銀のネックレスをゼルへと放る。

「せんべつ?」
「……またな、ゼル」

意味を問うゼルを置いて歩き出す。
またな、なんて…叶うか分からない再会の約束。
少なくとも、ゼルは、俺と会うだろう。
今の俺が、ゼルと会えるか…分からないだけで。





歩き出すとすぐに、別の空間へと投げ出された。
出口のない、闇。
痛みは、もうなかった。
力尽きて倒れこむ。
見上げた先にも光は見えない。
記憶が、薄れていった。
自分が誰なのかさえ曖昧になってゆく。
不意に、空気が震えた。
キラキラと輝く何かがゆっくりと落ちてくる。
手を伸ばした。
必死になって、求めて…指先が触れた途端。

闇が、晴れる。

「……ネックレス?」

自分のものだと分かった。
ついさっき、渡したはずの。

―――――――誰に?

背筋がぞくりと震える。
誰に渡したのか思い出せない。
浮かんでは、消えていく誰かの笑顔。
名前を呼ぼうとして、手を伸ばして…。
けれど、触れられずに消えていく姿に涙が溢れる。
教えてくれ、俺は…誰を忘れようとしているのか。
ネックレスを握り締めると、遠くで…小さな足音が聞こえた。





――――人、か?

地に仰向けに倒れたまま首だけを音のする方向へと向ける。
最初に目に入ったのは,まばゆい金色の光。
次第にそれが、人の形へと変わっていく。
知った顔だった。

「……っ…」

呼ぶべき名前が出てこない。
焦りが生まれることに驚いた。
自分の存在が失われることには感じなかった、恐怖。
こいつだけは、失いたくない…今頃、気づかされる。
もしかしたら、この手で…その笑みを奪っていたかもしれないのに。





「サイファー」

―――思い出せ。

「サイファー?おい、大丈夫か?」

―――時間がない。

「…しゃべれねぇの?オレのこと、わかんねぇとか……?」

―――思い出せない。

「でも、大丈夫だよな。オレ…間に合った、よな?」

―――間に合う?

「帰ろうぜ、サイファー。…オレたちの時代に。オレ、待ってるからさ。…いや、迎えに行くからさ。帰ろう」

―――帰る?どこへ……?俺にはもう、帰るところなど……

「まだ、残ってる。あんた、消えてないじゃん。みんながあんたのこと待ってるって証拠だろ?」

―――みん、な?誰のことだ。俺のことを待つヤツなんか…

「オレは、帰ってきてほしい。あんたに。だから…待ってろよ、絶対。迎えに行くまで、勝手に死んだりするなよ。…誰も、あんたを責めてない。あんた、赦されるんだ。それに、甘えればいいじゃん」





―――赦される………?





頬を、風が撫でた気がした。
海の匂い――懐かしい、空の色。
小さな孤児院、灯台、ガーデン、それから……

「もう、大丈夫みたいだな」

そいつは、白い歯を覗かせてニッと笑った。
惹き付けられる……手を伸ばした。
差し伸べられる手。
まだ、思い出していない。
その手を掴もうと、必死になる。
名前を呼びたくて、口を開けた。





―――――-―――――-ゼル





音にするとと同時に、世界が姿を変えた。
手に馴染む感触――いつのまにかそこには、ハイペリオンの姿があった。
それから、広がる青。
F.H.の海、だ。

「幻、か―――?」

変わらない景色――唯一違うのは、ハイペリオン、その存在だけ。
ゼルが、届けてくれたのだろうか。
それとも今のは――俺の心が見せた、幻影に過ぎなかったのかもしれない。
不思議と、胸にあった痛みはなくなっていた。
あれ程強く、死を望んだのに。

首に手をやるとネックレスが変わらずついている。
これがなければきっと、消えていた。
あの闇の中、ゼルを忘れていく恐怖におびえて…消えていた。

「……早く来いよ、ゼル。俺は気が短いんだぜ」

空に向かってつぶやいた。
見たもの全てが幻だとしても――俺の心が見た、夢だとしても。
あの約束だけは確かなものだと、信じられたから。





数日後、いつものように釣りをしているといつの間にか傍には風神と雷神が来ていた。
何を言うわけでもなく隣に並んだ二人は、同じように釣り竿を手にしている。
あぁ、そうか…と納得した。
あの世界で、消えずにいた理由。
ずっと仲間だ、と…そう言って去った姿を思い出す。
帰ってきたんだな、と少しづつ実感が湧いてきた。
眠っていた感情が、戻ってくる感覚。
横で、来て早々大物を釣り上げた雷神を見てムッとした。
“いつも”の調子で悔しさを表に出すと、風神に落とされる雷神――声を立てて笑った。
あぁ、こんな風に笑うのは久しぶりだ。
心が軽くなっていくのが分かる。
ずっと、帰りたかった。
こんな、他愛もない、少し退屈な、あの日々へ。
それでも、まだ何かが足りない。
一番大切なもの……頭上をガーデンが通り過ぎる。

――――ゼル・ディン

目を細めて、光を反射するガーデンを見つめた。

――――ゼル、俺はここにいる。早く来い。

生きてきた時間のほとんどをすごした、あの場所。
早く、還りたい…そんな感情が自分にもあったのだと、驚く。

「サイファー!!」

駆けつけてくる足音。
ゆっくりと振り返る。
壊れそうな世界の中で、求め続けた人。

「約束通り迎えに来てやったぜ!帰ってくるだろ?」

すぐには答えずに傍らの二人を見る。
小さく、頷く仕種を見て、ゼルのほうを向いた。

「…遅ぇぞ。待ちくたびれた」

空っぽのバケツと釣竿をもって、歩み寄る。
そのまま通り過ぎると「サイファー?」と不安に揺れる声が、呼び止めようと追ってきた。

「村長に挨拶してくるだけだ。随分、世話になっちまったからな。…少し、待ってろ。ちゃんと、帰るからよ」

その言葉に、一気に笑顔になる…単純なヤツだ。
そこが愛しいのだと思う自分に、苦笑した。





その後、バラムガーデンに帰還した俺は、学園長に挨拶に行き、自分の部屋へと足を運んだ。
驚いたことに部屋はそのまま残されており、つくづく甘いやつらだ、と感心する。
その日はパーディーだとかで、遅れて俺も顔を出す。
ゼルの姿を探すと…パンを喉に詰まらせて、女子3人に囲まれているところだった。
ぎゃーぎゃーと相変わらず、喧しい。
一歩、足を踏み出すとシン,と周囲が静まる。
やはり、来るべきではなかったか。
チッ、と舌打ちするとこちらに気づいたゼルが駆け寄ってきた。

「サイファー、やっと来たな」
「来たら悪いか」
「誰もそんなこと言ってねぇ、って。あ、なんか飲むだろ?俺、取ってきてやるよ」
「あ、おい、コラ!」

人の返事を聞こうともしやがらない。
ため息をつくと、張り詰めた空気が一気に和らいだ。
知った顔が次々と声をかけてくる。
一気に周りに人だかりが出来て戸惑った。
なんだ、コイツらは。
なんなんだ、一体。
もう平気なのか、とか、何やってたんだよ、とか、風紀委員がいなくて大変だった、とか…。
適当に応えているうちにゼルが戻ってくる。
あのヤロウ、この状況を見て笑ってやがる。
ちょっとばかり腹立たしい。
俺の視線に気づいたのか、周りにやつらは、またあとでな、などと言って散っていった。
暑苦しさから解放されホッとする。

「ったく、何だってんだ……」
「人気者だな、サイファー」
「……嬉しくねぇ」

グラスを受け取って窓辺に寄る。
ゼルがくっついてきて、当然のように隣に並んだ。

「…いいのか」
「ん?何がだよ」

不思議そうな顔。
横目にそれを見てグラスの中身を一気に喉へと流し込む。

「魔女に勝って世界を救ったSeeDサマが…俺なんかといてよ」

…我ながら嫌な言い方だとは思う。
まともに顔が見えない…空になったグラスを通りかかった給仕に返す。
案の定、ゼルはムッと眉を寄せて噛み付いてきた。

「なんだ、それ。喧嘩売ってんのか」

それなら買うぞ、と構える姿は少し前と変わらないようでいてどこか違った。
頼りなさが、なくなった気がする。
変わったのは、俺…か。
ククッと笑って背を乗り出すように窓へと肘をかけた。
争う気はない。
今は、もう。

「おい、チキン野郎」
「誰が…っ……」
「俺は、全部失った。夢も、信頼も、帰る場所も――あの日、俺に残ったものはなにもなかった。何一つ、残っていなかった」
「サイファー、それは……」
「勘違いするなよ、そう思ってた…って話だ」

ゼルが、怒りを解くのが分かった。
伝わる戸惑い。
こういうところは変わらない。

「夢や信頼は取り返せる。還る場所も…お前にもらった。でもな、お前の代わりはどこにもいない。…ヘマしたりすんなよ、SeeDサマ。お前のいない世界を…俺は生きるつもりはない」
「…っ……バカだろ、あんた」

言葉に詰まるゼルの、泣きそうな瞳に気づいたけれど。

「顔、赤いぞ。ん?」

わざとからかうような言葉。

「うるせぇっ!そ、そっちこそ…もうどっか行ったりすんなよ!もう迎えに行ってやらねぇからな」
「あぁ、分かってる。…俺の居場所は、ここだからな。必ず、お前のところに還ってくるぜ」

トン、とゼルの胸に拳を作った手の甲を当てる。
自然と笑みを向けると、面白いくらいに赤くなった。
そそがれる周囲の視線。
ここは、期待に応えてやらねばなるまい。

「………好きだぜ、ゼル」

片腕でゼルの腰を抱き寄せ、もう一方の手でカーテンを掴む。





――――見せてやるのは、ここまでだ。





俺は、カーテンを引くと同時に、瞼を下ろしたゼルへと、そっと口吻けた。



































なんとサイゼルです。
この二人についてはこの語の話も考えているので書いていきたいです。
しかし区切りがないので読みにくいでしょうか…。
2006.01.15.

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