一方的に切られた電話。
繋がらない、回線。
あれから、何度同じボタンを押しただろう。
ただ、無意味な機会音を聴くためだけに。
その先で、君が拾わない音を…私は今日も、鳴らし続ける。





〜君がいない夜〜





帰国の予定など、まるでないまま。
成歩堂とは話せぬまま、一月が過ぎようとしていた。
きっかけは一本の電話。
不意に鳴らされたそれは、知人からのものだった。
成歩堂が、事故にあったらしい。
ひやりと心が凍りつき、唇がふるえた。
怪我は、大したことがないという。
けれど、問題は…そんなことではなく。
彼の記憶が、失われたこと。
冗談だろう、と問い詰めて、それが嘘でもなんでもないことを知り、真実を目の当たりにするのを恐れながら…こうして、一時的にではあるが、この国へ戻ってきた。
無機質な病室のベッドで、成歩堂は。

「はじめまして…じゃ、ないのかな。えぇと……」

訪れた私を見て、戸惑うように首を傾いでいた。
名前を告げ、職を告げ、同級生であることを告げても…何ひとつ、分からない彼は。

「そう、だったんだ。……ごめん。悪いけど、思い、出せないみたいだ」

困ったように零した言葉に、目の前が、暗くなる気がした。
うまく息が吸えなくて。
それでも、ただ。

「…そうか」

とだけ返して傍に留まった。
事故の経緯を聞いたり、体調のことを聞いたり、苦手な世間話を、無理やり続けた。
夢を、見るのだという。
眠るたびに、繰り返し。
何もない広い場所で、大きな木のある静かな場所だという。

「そこで僕は、何かを……大切な、誰かを、待ってる」

その人はきっと来ないと、どこかで感じながらも、待ち続けて。

「目が覚めて、あぁ、やっぱり…って思う。そんな夢を…」

繰り返し見るのだと、成歩堂は言った。
待ち人が来ないと知っていながら、見続ける意味を。
考えて、また、同じ夢を見るために目を閉じる。
あれはどこなんだろう、そう呟いた成歩堂に、私は…外に出ないか、と声をかけた。
全てを忘れてしまった成歩堂とは逆に、思い出したことが、あったので。





小さな、小さな約束。
大人になって、離れ離れになって、それでもいつかまた、会うことがあったなら。
その時にはこの場所で。
再会を喜び、それぞれの過去を胸に笑いあえたらいい。
元気にしていたか、と。
そんな言葉一つで戻れるような関係でいようと。
誓い合った、幼い日々。

夢の場所を見せてやると言えば、成歩堂は頷いた。
自分では分からない場所だからと、どこか嬉しそうに。
助手席に成歩堂を乗せて、懐かしい道を走る。
成歩堂にも見覚えのあるはずの、街道だ。

「…見覚え、ないか」

向かう途中で、景色を見ている彼に尋ねてみた。
成歩堂はどこかぼんやりとした様子で

「う、ん……いや、分からない」

それでも、何かを思い出しかけるのだろう。
窓の外から、視線を逸らすことはなかった。
しばらく走って、そのうちに開けた場所に出る。
約束をした場所だ。
電話に出てくれなくなった成歩堂が、忘れているといった約束の地。
覚えていたのかと驚き、それを、どれ程彼が大切に思ってくれていたかを知り、忘れていた自分を情けなく思う。
都合の良い考えかもしれないが、この地で…成歩堂が記憶を取り戻せたら。
やり直せるのではないかと、思った。
元気だったか、と聴いて…一からでも構わない。
想いを殺さずにいられた、昔に。

「………この、木…」

車を止めると成歩堂は引き寄せられるようにして大木の方へと歩いていく。

「夢で見るというのは…この木ではないのか」

少し遅れて、後を追った。
木の幹に確かめるように触れて、ぎこちなく頷く後姿。

「うん、この木。…ここで、誰かを待ってた」

来るはずがないと思うのは、私が約束を忘れていたからだろう。
実際成歩堂は、何度かこの場所へ足を運んだのかもしれない。
今は知る由もないけれど、ぼんやりとした背をそっと抱き寄せて。

「もう、待たなくていい。……私は、ここにいる」

今の成歩堂がその言葉の意味を分からなくてもいいと思う。
けれど、頬を濡らす涙に気づいて。

「みつ、るぎ……」

小さくだけれど、私の名を呼ぶ声を聴いて。

「……すまなかった」

いっそう、腕に力を込めれば、彼が、帰ってきたのだと分かったから。

「約束の日には、ギリギリ…間に合っただろうか」

問えば、成歩堂は頷いた。
悔しげに、仕方がないとでもいいたげに。
顔を、こちらに向けてくれることはなかったけれど。

「元気、だった…?」

私が望むとおりの言葉を、くれた。

「あぁ。…君は?その、事故にあったわけだし元気ではないかもしれないが…その前は……」

くすりと、笑う気配がする。
諦めたように背を預けてきて顔をこちらに向けて。

「元気だったよ。でも…寂しかった、かな。君が、いなくて」

そのまま、するりと腕を解く代わりに右手を差し出される。

「おかえり、御剣」

最後に、遊んだ場所だった。
成歩堂と、矢張と、私で。
差し出される手を取って笑みを向ける。

「……ただいま」

3人で会おうと決めた場所で先に2人で会ってしまうのは反則だろうかとも思ったが、それはまたの機会にすれば良いかとも思う。

「すまなかった。…大切な約束なのに、私は……」
「いいよ、もう。来てくれたから。…忙しいんだろ?悪かったな、僕のせいで帰国することになっちゃって」

手を繋いだまま、二人で、木の幹へと寄りかかる。
成歩堂は、まだ混乱が残るらしく、頭がくらくらする、と眉を寄せていた。

「かまわない。どちらにせよ、帰国しなければ約束は果たせなかったからな」
「…忘れていたんだろ?」
「あぁ、まぁ、その…なんだ。それについては深く問うな」
「何、ソレ」

呆れたようなため息。
どちらからともなく、視線を合わせて笑った。
こうして、また、一緒になれた。
それが、どれ程尊いことかを知っているから、失くしたくなかった。
この手が振り解かれるのが怖くて、言葉で縛ろうとした。
けれど、そんなものは無意味だと、言われた気がする。
こうして、また、出会えただけで。
言葉など、なんの意味も成さないと。
その事実だけで、越えていけると気づく。
君のいない夜を、また過ごすことになっても。
再び、道を違える日が来ようとも。
今ある幸せを覚えておくことが出来たなら、きっと。
失うものなんて、何もない。
大切なものは全て。
君に、もらったから。
君が、待っていて、くれるから……。







お題では9つめとなるミツナル。
一応時間軸の流れはお題消化順です。
時期としては逆転裁判2と3の間。
遅くなってしまいましたが63000hitでリクエストいただいたものです。
記憶喪失ということでしたがいかがでしたでしょうか?
遅くなってしまって本当にごめんなさい。
リクエストありがとうございました!
楽しんでいただけたなら幸いです。
2006.07.09.


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